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オランダに堤防を見に行く 1
次はオランダ2


    1. 成田 → フランクフルト → マインツ
    2. マインツ → ケルン → マーストリヒト → アムステルダム
    3. アムステルダム市内
    
4. アムステルダム → 大堤防 → ナールデン → ライデン
    5. ライデン → キンデルダイク → ヘルモンド
    6. ヘルモンド → ニューネン → トールン → フランクフルト →
    7. → 成田



【9/22】


 左の写真は東京駅前の八重洲通りです。横断歩道のまんなかにレリーフがあります。八重洲の語源になったオランダ人航海士、ヤン・ヨーステンの屋敷跡だった記念碑です。通勤で毎朝見かけていました。

 前回の旅行は南蛮貿易をテーマにポルトガルとスペインを訪ねましたが、今回は南蛮貿易の断絶後、江戸期に数少ない交易の相手国となったオランダに行くことにしました。
  主な目的はオランダ北部にある東インド会社(むかし習ったなぁ)、北海を遮る大堤防、干拓によりオランダ国土を造った風車・・・
 本当は17世紀に起こった世界最初の投資バブル(チューリップバブル)で名をはせた春のチューリップも見たいのですが、今回は季節外れです。
 アムステルダム便が取れなかったので、フランクフルトを基点にレンタカーで回ることにしました。成田を13時に出発して12時間、現地時間の同日18時に到着しし、レンタカーをチェックアウト。オペルでした。
 翌日はアムステルダムに向け北上する計画にしたので、宿はフランクフルト市内ではなく、ライン川沿いの隣町、マインツにあるチェーンホテルのイビスを日本出発前に予約しました。
 21時過ぎ、ホテルにチェックイン。荷物を置いて街の散策へ。ライトアップされた木組みの家が可愛かったです。
 今回も機内食のときに1本多く失敬したワインを飲んで爆睡。(JALさん、いつもすいません)

【9/23】
 よく寝て、よく朝食を食べて8時に出発。昨夜ライトアップされていたマインツの中心部を朝のお散歩。ドイツ3大ドームである大聖堂や15世紀の木組み白壁の家屋など、旧市街はぶらつくには最適です。でも、いちばん眼にとまったのはお姉さんのポスターでした。こんなもん写真撮るなんて馬鹿だなぁ・・・

 書き遅れましたが、司馬遼太郎「街道をゆく」に沿った記述は別のコンテンツを読んでください。→
マインツから北上するには高速道路もありますが、せっかくなのでライン川右岸の川沿いに42号線を進むことにしました。鉄道も新幹線は反対岸の新線を飛ばすみたいです。今回は鉄道の旧線と並行して走ります。
 車も鉄道も観光路線らしく、トンネルの坑口も可愛らしく意匠してありました。ってどこ見てんでしょうかね。
 有名なローレライ。でも、なんで有名なんだったけ。たしか綺麗な女性だっけ・・・?

 あとで調べたら「ローレライにたたずむ金色の櫛を持った美しい少女に船頭が魅せられると船が川の渦の中に飲み込まれてしまう」という伝説。ハイネの詩。その他。
 ローレン(潜む)ライ(岩)でローレライ、航行に危険な場所。納得。
 コブレンツでライン川に別れを告げ、13時にアウトバーンE31へ。一気に北上します。
 アウトバーンは前回に比べて速度制限の区間が増えたような気がします。なんでも環境対策とか事故対策のために制限区間が増やされ、無制限区間の割合は20%以下だそうです。130km/hとかの制限をみんな守っているのには感心しました。
 14時、ケルンに到着。ケルンは初めてですが、出発前に「水曜どうでしょう ヨーロッパ21ヶ国」を見て勉強していたので、市街地図は無くてもなんとか中心部にたどり着きました。なんのことかわからない人は検索してみてください。
 大聖堂近くの駐車場に車を停めて散策。大聖堂については、いろんな旅行記を拝見しても、みなさん「で、でかい」みたいなことを書かれてますが、やっぱりでかかったです。広角の縦アングルでぎりぎり。広角すぎて塔が歪んでます。もちろん、聖堂内部のステンドグラスも綺麗でした。
 歩行者天国のホーエ通りを南に下り、お決まりのハードロックカフェでショットグラスを購入しました。
 ハードロックカフェの東側はライン川。ドイツァー橋の上からはケルンの街と大聖堂をパノラマのように見ることができました。

 ケルンでゆっくりしすぎ・・・。気がついたらもう16時30分。あわてて駐車場に戻り、E40号線を西へ向かいます。
 国境の街アーヘンでアウトバーンを降り、一般道でオランダ側の国境の街ファールスを目指します。
 ファールスっていう小さい街に何があるかというと、ドリーランデンプントDrielandenpuntと呼ばれる、オランダ、ベルギー、ドイツ3国が国境を接する場所があるのです。 意味は「3ヶ国の点」、海抜322.5mでオランダ最高峰の丘です。
 街から見当つけて南側の斜面を登っていくと標識が出ていました。着いてみたら園地になっていて、家族連れがいっぱいでした。日本人には国境って珍しいんですよ。(イギリス人にも人気のポイントらしい)
 ファールスから一般道278号をさらに西へ進んでマーストリヒトへ。EECがECになり、さらにこんにちのEUとなったマーストリヒト条約の批准の地???
 ローマ時代の遺跡や城塞など見所が多い街です。時計を見ると19時。ここに泊まって、ゆっくり街を見たいなぁ。でもアムステルダムのホテルに予約入れちゃったしなぁ。
 日本に帰る前にマーストリヒトで泊れるよう、あとで行程を再検討しよう。そう考え、今回は旧市街を望むだけで我慢しました。
 オランダは九州と同じくらいの国土。南部のマーストリヒトから北部のアムステルダムまでは、水俣から博多くらい走らなくちゃいけない。(例えが変か、約200km)
 A2号線を一所懸命走って、アムステルダム市街地の一方通行にちょっと迷って、ホテル・イビスに到着したのは23時でした。

 お腹が減っていたので、夕食を兼ねてマヘレの跳ね橋のライトアップを見に行きました。
 マヘレの跳ね橋、ロマンティックな雰囲気。だけど、そんな悠長なことを夜中に思っていたら大失敗。さっきまで開いていたレストランが、どんどん閉まっていきます。それゃ午前0時だもんなぁ。
 唯一まだ開いていたのは総菜屋さん。ショーケースいっぱいのチーズが迎えてくれました。でもなぁ・・・  適当にパンと肉とチーズを買ってホテルの部屋でおとなしく食べました。ちょっとわびしいぞ。

【9/24】


 昨夜は到着が遅くなり、ホテルの契約駐車場に入庫できなかったので、公共駐車場に車を停めました。駐車料金はひと晩45ユーロ。おいおい7200円かよ! 駐車料金のみならず、今回はユーロ高をあちこちで実感しました。EUと日本、国力の勢いの差を為替で感じました。1ユーロ100円だった頃に戻りたい。
 というわけで車は路上に駐車して市内観光することにしました。(推奨しません)
 国立美術館。
←レンブラントの「夜警」で有名です。日本語のオーディオガイドもあって、じっくり鑑賞することができました。
 もうひとつの目玉はフェルメールの「台所女中」。「牛乳を注ぐ女」とも言うみたいですが、その絵は日本に出張中でした。 
 アムステルダム観光の目玉。いや、観光と言ったら失礼にあたるな。見学の目玉、アンネ・フランクの家。
 ナチスに連行されるまでの2年間を過ごした部屋や、アウシュビッツでの名簿など目の当たりにすると言葉も出ません。沖縄の平和記念公園以来の重たい気分になりました。
 アムステルダムは人口約70万人、自転車とトラムが大活躍してます。
 トラムは基本1.6ユーロ。乗ってから車掌さんに払うって本に書いてあったから乗ったら、混んでいて車掌さんの所まで移動できず、結局無賃乗車してしまいました。ごめんなさい。
 思ったより加減速が急で、きびきびと走っていました。
 アムステルダム中央駅でトラムを降りました。
 中央駅は東京駅のモデルになったという俗説もありますが果たして・・・
 ちなみに中央駅と午前中に訪れた国立美術館は、両方ともペトルス・カイパースの設計なので似ています。
 往来での飲酒禁止、かなぁ
 駅近くのコーヒーショップ。マリファナやハシシを販売してるお店。ちなみに、コーヒーのお店は「カフェ」
 明るいうちに飾り窓地区も覗いてみました。場所は中央駅から計量所にかけて、ダム広場の東側です。写真は厳禁らしいですが、この時間帯は観光客の老若男女も歩いてました。
 19時、そろそろ陽が傾いてきました。昨夜の夕食はわびしかったので、今晩は小さな洒落たレストランを奮発。でも運転しなきゃいけないので、コカコーラ。やっぱり少しわびしいなぁ。
 運河に映し出された夜景などを楽しんでいると、やっぱりホテルへの帰還は遅くなってしまいました。10時過ぎ。ホテルの契約駐車場には、またしても入庫できず。今晩も45ユーロの公共駐車場に車を置きました。レンタカーの旅の場合、市街地中心部に位置するこのホテルの選択は、ちょっと失敗だったかもしれない。
⇒オランダ2