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八幡の南河内橋から国道322号を南下、筑豊最大の炭都、田川を訪ねました。
明治33年、田川に三井田川鉱業所が設立され、炭鉱の町として隆盛を極めましたが、昭和39年に、エネルギー政策の転換により閉山。田川の石炭産業は幕を閉じました。
まずは田川市石炭・歴史博物館へ。炭田の資料や採掘状況、炭鉱住宅の暮らしなどが展示されています。屋外は石炭記念公園として整備され、伊田竪抗櫓や炭坑節で知られる二本煙突などが保存されていました。テラスからは香春岳と、その手前にボタ山を眺めることが出来ます。
「香春岳は異様なな山である。決して高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ・・・」五木寛之の「青春の門」その印象的な書き出しどおり、セメント石灰の採取によって一ノ岳の山容は上半分がスパッと切り取られたような形をしています。手前のボタ山は石炭屑の集積場のことですが、年数を経て緑に覆われて見た目には里山のようになっていました。 |
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