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潟のみち |
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7月18日、前日は佐渡をまわっていました。新潟駅前のホテルに戻り、今日は新潟近郊をまわることにしました。
駅前のORIXでレンタカーを借り、鳥屋野潟へ。
新潟市の南に位置する亀田郷のあたりは一面の潟だったそうで、その面影を鳥屋野潟で偲ぶことができます。 |
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「芦沼」と呼ばれ、乾田化される前の亀田郷の写真。排水機場の案内板に飾られていました。腰まで冷たい水につかりながらの農作業だったそうです。 |
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亀田郷から鳥屋野潟に集まった水を信濃川に吐き出している巨大な排水機場 |
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通船堀
阿賀野川と信濃川を東西につなぐ運河で、新発田藩が1730年に掘ったものだそうです。 |
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木崎村に建つ小作争議記念碑
大正11年に小作料の減免を求めて小作組合を創立し、運動は政治、教育、農村経営などを含む民主化運動へと昭和5年に地主と和解が成立しましたが、農地改革のさきがけであったといわれています。 |
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福島潟
木崎村から豊栄駅近くを通って福島潟へ。いまも残る広い潟は、水辺の自然が残った貴重な自然遺産になっています。 |
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亀田郷土資料館
ぐるっとまわって亀田郷に戻ってきました。資料館には民具や農具などが展示されています。農作業に使われた小舟が印象に残りました。 |
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亀田郷の商店街 |
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亀田郷は、6割以上が海面以下の潟だったそうです。昭和16年から食糧確保のための生産性向上のため土地改良事業が着手され、昭和32年に乾田となったそうです。 |
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亀田工業団地入口近くに移った土地改良区の建物。「地図にない湖」とも呼ばれた亀田郷での生活と農業の資料を、改良区隣の「芦沼館」に展示していると聞いて訪れたのですが、日曜日のせいか閉まっていました。 |
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