神戸散歩
次は横浜散歩  NEXT  TOP

   
 日本の他の大都市と異なり、神戸は横浜とともに例外的に江戸期の城下町の伝統がないそうです。1868年に開港してから、神戸という都市が誕生しました。海岸の砂地に外国人居留地ができ、やがて北野に住宅街が形成されました。上の写真は定番ではありますが左から ・北野から見た神戸市街 ・うろこの家 ・風見鶏の館 ・萌黄の館
 神戸の水は、神戸港に寄港する外国船から世界一のコウベ・ウォーターとしては評判だったそうです。
 その水のひとつが「布引の滝の水」だということを知り、訪れてみることにしました。
 場所を調べて少し驚きました。六甲の山の中かなぁと想像していたのですが、新幹線新神戸駅のすぐ裏手でした。

 ハイキングコースのように整備された小径を歩くこと約10分。生田川の中流にかかる雄滝が現れました。雌滝は二段になっていて、高さは43mだそうです。
 脇の小径を少しのぼると、少しレトロなお茶屋さんがありました。司馬さんも訪れた茶屋で
【茶屋の若草色ののれんに、「おんたき」 という文字が染めぬかれている】
と書かれているとおりの風情でした。
 横浜や長崎とならんで神戸の外人墓地は有名だと思っていたのですが、いざ訪れてみようとして調べたら、案外と不便な山の中だったので意外でした。もともとは居留地近くにあった小野浜と春日野という両墓地が外人墓地だったのですが、戦後になっていっぱいになったため、各国政府の了承を取り付けて昭和36年までかかって再度山に移転したのだそうです。
 神戸市内から再度公園を目標に山道を進みます。再度公園は大きな池があり、ちょうど真っ赤になったもみじの下でくつろぐ家族連れが多かったです。公園の駐車場に車を停めて少し歩いて外人墓地へ。
 残念ながら墓地内への一般の立入は禁止されていました。ゲートの左にある展望台へ登ると、お墓の一部を遠望することができました。
 神戸が開港した時に、欧米人とともに多くの華僑も来日し、居留地の周辺に中華街をつくりました。以来140年近くの歴史を紹介している神戸華僑歴史博物館。
⇒NEXT 横浜散歩